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家族のゴミ部屋で悩んだら「留守中に減らしてしまう」という手もある

「ためこみ症」を治療する最新手法

ゴミ部屋から脱するにはどうすればいいか? 「買うルールづくり」や「片付ける方法」ではなく、実は「治療」という側面から、その部屋を変えることができる。全国に先駆けてゴミ部屋に住む患者に対する行動療法を行ってきた、精神保健指定医でハートクリニック理事長の浅井逸郎医師に、治療の効果と実態、現状の解決策を聞いた――。(第14回)

「ゆがんだ認知」を治すための認知行動療法

「認知行動療法」という治療法がある。医師や臨床心理士との面談によって思考や行動の癖を見直し、心の回復を目指すものだ。

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生前・遺品整理会社「あんしんネット」の作業現場。(撮影=今井一詞)

たとえば、メールを送ったのになかなか返信が返ってこない時、「嫌われたのかも」と捉えるのでなく、「忙しいのかもしれない」と考え直す。知り合いに挨拶したのに返事が返ってこなかった時に「無視された」と思うのではなく、「聞こえなかったのかもしれない」という側面からみる。

こういった認知行動療法がゴミ屋敷化の背景にある「ためこみ症」に効果があるのだという。

浅井「『ためこみ症』というのは、物を獲得する、ためこむ(整理整頓ができない)、捨てられない、という3つのパートからなっています。その結果、部屋がぐちゃぐちゃになってしまう。3つのパート全てに“ゆがんだ認知”があるわけですが、ある研究では認知行動療法は“ためこむところの認知”に作用していると報告されています」

「コレクター」と「ためこみ症」はどこが違うか

一般的に価値の高い本やプラモデルなどであればまだ理解できるが、現場ではほとんどがただのゴミにしか見えない。ペットボトルに“◯◯ちゃん”と名前を付けて愛着を持ち、生ゴミにさえ何らかの意味がある。特に「小分けにされたビニール袋」が散乱している家が多い。

浅井「本人なりの仕分けでしょうね。“小分け”という分類をしようとするけれども、それが不適切、不十分ということ。『コレクター』と『ためこみ症』の違いをよく聞かれますが、簡単に説明すれば、きちんと整理してためこむ人が『コレクター』で、整理できないで結果としてためこまれているのが『ためこみ症』といいます」

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認知のイメージ図。(画像提供=ハートクリニック横浜)

ゴミ屋敷に住む人は、自分が病気である可能性を否定する。ためこみ症は人口の1.6%といわれているのだから、ハートクリニックがある神奈川県の人口約900万人で考えれば、およそ14万人がためこみ症であってもおかしくない。その中にはゴミ屋敷も少なくないだろう。

グループになると治療のモチベーションが高まりやすい

精神疾患の患者を多く受け入れるハートクリニックにも、ためこみ症の患者はごく少数しか訪れない。重度になるほど医療が介入するのは難しく、放置されてしまう。しかし医療機関とつながることで、改善するケースは珍しくない。浅井医師は「5人以上のグループで行う認知行動療法」についてこう説明する。

浅井「最初に治療を受ける“動機”“モチベーション”を高めるんです。『なぜ今日ここに来たのか』と、みなさんに問いかけると、『家の中で歩くのもままならない』『隣から臭いと言われた』『おふくろがうるさくてしょうがない』などいろいろな理由が出てくる。個人なら1つしかない動機が、みんなでやると『それもあるある』と複数に増えていき、うまくいくとモチベーションが高まります。

次に、なぜある物を獲得したいと思うのか。『生活費の何割もかけてほしくなるのはおかしいと思いませんか?』と聞くと、『変だと思っているんです』という言葉が出てくることもあります。なぜ捨てられないのか、取っておくのか、というのも、擬人化されていれば異常な認知です。『私の◯◯ちゃん』ではなく、普通に“物の名称”で表現してもらう。

同じ質問を問いかけ、認知行動療法の参加者一人一人が回答していくと、それは個人でやるよりも繰り返しの学習になり、“認知が修正”されやすくなります。一方で、グループではプライバシーに深く関わることは話しづらいというデメリットがありますが」

薬と認知行動療法で5割の改善が期待できる

それでも集団認知行動療法による改善度は21.4%。個人の認知行動療法を行った21.5%の改善と、ほぼ同等の効果だ。

浅井「2割の改善をどう捉えるか、ですね。ためこみ症を直接治療する薬はありませんが、例えば物を買う時の衝動性を抑えるような薬を使うなどの方法があります。一般的に薬物療法の効果は3割程度。そうすると、薬と認知行動療法の両方を合わせれば症状の半減が期待できます。臨床的には両方の治療を同時に試したいところです」

ただし認知行動療法の治療費は高額だ。アメリカでは臨床心理士の人件費と、教材費で最初の一週間だけで80万円と試算されている。しかもこれには場所代が含まれていない。日本でのクリニックのテナント料や受付などの人件費などを加味すると、月に100万円を超える負担になってしまう。

15年前、浅井医師は何とか国内で認知行動療法を根づかせたいと考え、コストを下げるために「グループでの認知行動療法」をほかの医療機関に先駆けて始めた。金額は12回コースで、およそ3万6000円。月に換算すると9000円程度で済む。アメリカに比べれば現実的な金額である。それでもまだ根付いているとはいえないという。

部屋を片付けるには、家族の協力が必要

浅井「日本では数万円以上のお金を出して心の病気を治したいと思う人は、そんなにはいないんですよ。しかもグループで行うなら最低5人以上を集めないといけない。私が診る患者さんの半分はうつ病ですが、うつ病でもコンスタントに認知行動療法に人を集め続けるのは難しい。3万円以上もかかるなら、短時間でも先生と診察で話しているほうがいいや、となってしまうんですね。

認知行動療法を行うと、症状の“改善”は見られやすい。しかし病気ではなくなるという段階までいけないのと、効果が持続しにくい傾向にあります。ですので今は診察の中で行動療法を取り入れています」

これまでさまざまなゴミ部屋を片付けてきた。家主が生きている方の場合、どう説得すればいいのか、どう治療につなげていけばいいのか、最初の糸口が見えない。

浅井「大事なことは“一人で”はできません。診察でいくら患者さんにお説教をしても部屋はきれいにならない。必ずご家族の協力が必要です。ご家族のいない単身者は非常に厳しいですが、その場合はソーシャルワーカーや行政の人の協力を得ることになります。

一度、誰かが『物量を減らす』ことも有効です。ペットボトルをためこんでいた人は、たまたま体の病気で入院せざるを得なくなり、その期間に第三者にかなりの量を捨ててもらいました」

「片付け後に誰からのケアもなければ、必ずゴミ屋敷に戻る」

「他の病気で入院中に、家の物を捨てること」が有効であるのは、実際に体験したご家族から聞いたことがある。徹底的に処分せず、「物の量を減らす」ところにとどめれば、本人は案外怒らないものなのか?

浅井「いや怒った人もいましたね。けんかしながらでも、一度捨てる、取り除く。私見ですが、一回捨てればその状態を維持するのは協力者がいれば可能だと思います。40代男性で漫画をためこむ人がいました。しょっちゅうシリーズをまとめて買ってくるんです。いったん捨てさせたのですが、その後も購入する癖は続いていました。診察の際に『また床が見えなくなってるんじゃないの?』と聞いたら、『娘と協力して処分している』と言うのです。お嬢さんは軽度の知的障害なのですが、シンプルなルールを決めて一緒に守っていったんですね。時々、ヘルパーさんに彼の家の様子を見に行ってもらっていますが、『ゴミ屋敷じゃないですよ』と報告されます。一度片付けてから、もう7年くらい経過していますよ。反対に、片付け後に誰からのケアもなければ、ほぼゴミ屋敷になります」

「一度、物量を減らす」方法は、ためこみ症だけでなく、ADHDをはじめ、うつ病、認知症、統合失調症などの「症状の一つ」の“ためこみ行動”にも有効なこともあるという。

「医療機関」と「ゴミ屋敷の住人」のルートをどう作るか

高齢化社会で認知症患者は今後も増加する見込みだ。さらに独身者も増えていく現代では、どんどんゴミ屋敷が出没していくに違いない。

対処の仕方として医療という選択肢を知ってほしい。協力者が誰もいなければ、「医療機関を協力者にする」のだ。

診察では時間をかけて、いつ、どんな物を買ったか、その時にどう考えたか、という記録を確認。徐々に社会的に適応できる思考へと変化させる。「考え方の癖」は一足飛びに変化はしないが、少しずつ変わり、やがて定着していく。

「医療機関」と「ゴミ屋敷の住人」がつながるルートができるといいと思う。