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「父親が血だまりの中で孤独死」そんな実家の片づけは何万円で頼めるのか

免許が要らない「整理業」の落とし穴

「こんな家に住んでいると、人は死にます」というこの連載。これまでは私が実際に作業(掃除)をしたゴミ屋敷の現場を紹介したが、それほど重度でないとしても、「家の整理」を業者に頼むと、どれくらいの費用がかかるのか。実例と注意点を取り上げよう――。(連載第5回)(取材・文=ジャーナリスト 笹井恵里子)

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第4回目で取り上げた男性宅。清掃初日はゴミが積み上がり、洗面台の存在は確認できなかった。ゴミを積み上げる前には、洗面台として使っていた形跡が確認できる。(撮影=今井一詞)

「死んでいるのがわかる。でも死んでるって言えない」

3年前、12月のある朝――。
「実家を訪ねると、父が倒れていました。そして、あたり一面“血の海”だったんです」その2日前の夜に父親から電話があったが、仕事で電話に出られなかったと話す、A子さん(50代)。あくる日に折り返し電話をかけたが、何度かけてもつながらない。そのためA子さんは、自宅から電車で30分程度の場所にある実家を訪ねた。すると一階で、父親がうつぶせに倒れていたという。居間と台所のふた部屋を仕切るガラス戸が割れ、あたりには大量の血とガラスの破片が飛び散っていた。

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インタビューに応じるA子さん。(撮影=笹井恵里子)

「目にした瞬間、“死んでる”ってわかりました。でも私は『父が倒れています』と、救急車を呼んだんです。なんででしょうね、死んでるって言ってはいけない気がして……。119番の電話では『お父さんを起こすことはできますか?』と聞かれたのですが、『起こせません』って答えました。うつぶせで、父の顔は見えませんでした。でも少し触れると冷たいし硬いし、死んでいるのがわかる。でも死んでるって言えない。私では運べない。搬送できない。そんな思いでいっぱいでした」

救急隊は到着するなり「これは……」と状況を察知し、すぐに「私たちは帰ります」と引き返した。代わりに警察が来て、A子さんへの事情聴取が始まった。

「1メートル四方の血だまり」を自分で掃除しようとしたが…

父親の頭がぱっくり割れており、警察は事件と事故の両面から調査を行ったという。

検死の結果、父親は起床してから心臓発作を起こし、倒れ込む時にガラス戸に頭をぶつけ、血まみれになったのではないかと結論づけられた。頭の傷が先か、心臓停止が先か議論になったそうだが、倒れる際には心臓が止まっていたのではないかと推察された。

「もし頭の傷が先だったら、あれほどまっすぐには倒れないんじゃないかと言われました」(A子さん)

A子さんの父親は、80代。8年前に妻が病で亡くなってから一人暮らしだった。ほかの子供たちは海外で暮らしていたため、主にはA子さんが時々実家を訪ねていた。A子さんによると、「父親はアルコール依存症だった」とのこと。特に55歳以降は「もうすぐ死ぬんだから好きなことをする」と言って仕事をやめて酒浸りに。暴言を吐いたり、飲み過ぎて中毒を起こして倒れては病院にかつぎこまれの繰り返し。

「だから正直に言って実家は大嫌いだった」とA子さん。

それでも、父親の遺体を見た時には衝撃だったのではないか? と私が聞くと、彼女は「はい」と、小さな声でうなずいた。「一生忘れられないです。警察が遺体をきれいにしてくれて顔を見せてくれたんですけど、やはり頭が割れていた姿はショックでした。帰ってから熱が出て、胸が苦しくて……」

遺体が運ばれた後、床に1メートル四方の血だまりが残った。A子さんは当初自分で掃除しようと考えた。

業者から掲示された金額は「やや高め」の5万円だった

「でもフローリングにゲル状になった血液がこびりついてしまい、ガラスの破片もそこにくっついていて、自分でいくら拭いてもとれません。しかもだんだん気分が悪くなってきて……。インターネットで『特殊清掃』と検索して、『小さい案件でもいい』と書いてあるところに連絡しました。電話をすると、その会社はすぐに来てくれたんです」

「特殊清掃」とは、孤独死などで遺体の発見が遅れ、ダメージを受けた室内を原状回復する清掃作業のことだ。専門業者だけでなく、これまで連載に登場してきた生前・遺品整理を手がける「あんしんネット」のような整理業者が行うこともある。

もしあなたがA子さんの立場だったら、どうするだろうか。また特殊清掃にお願いする場合は、いくらまで出せるだろう。

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片付けた不用品は段ボールに仕分け・梱包し、その後一廃・産廃業者に処理を依頼する。(撮影=今井一詞)

A子さんの依頼は「1メートル四方の血の拭きとり」で、業者から掲示された金額は5万円。

「あんしんネット」の事業責任者の石見良教さんに伝えると、「やや高め」とのこと。

「ですが最低でも3万円はするでしょう。問題は金額よりも、その後の処理といえる。ひどい業者は血や体液をふきとったタオルをトイレに隠すこともあります。特殊清掃は資格がないため、法律上は誰でも始められますが、本来は現場の状況によって使用する薬剤が異なるなど、かなりのノウハウが必要な仕事なんです」

見積もりでは20万円だったが、総額260万円を請求する業者も

できるところまでは遺族が行い、あとは話してみて信頼できる業者に託すことを、石見さんは勧める。

また、「孤独死の現場」は特殊清掃がからむが、単なるその現場の清掃にとどまらず、室内の遺品整理もあわせて頼む遺族が多い。

今、遺品整理の需要が高まるにつれ、整理を専門とする業者もみるみる増えていき、悪徳業者がはびこっているのが問題になっている。

“整理業”は特別な許認可が不要で、基準となる値段がない。つまり料金の内訳が不透明 なため、いくらでも上乗せできてしまう。このため一部には依頼人に法外な料金を請求する業者がいる。

先に荷物をトラックに積み込んでしまって、あとから高額な作業代を請求したり、現金や価値のある品が出てきても黙って持っていく業者もいる。見積もりでは20万円だったのに、あとから260万円を請求されて、困った依頼人が消費者センターに泣きつくという事例もあった。また悪徳業者の中には、廃棄物の処分代金を惜しんで正規の処分場と契約を結ばす、無料で出せる家庭ゴミとして処分してしまうところもある。これは不法投棄にあたり、業者が摘発されれば依頼した人も罪を問われてしまう。

3DKをスタッフ11名で2日間清掃すれば69万9600円

悪徳業者を見分けるコツは「事業所の所在地」だ。整理業は本来広いスペースを必要とするため、マンションの一室で行っているようなところは信頼性が低い。

そのほかホームページで作業員の顔写真やブログが公開されているかどうかも目安になる。グーグルマップで所在地を検索するとすぐに分かる。問い合わせ先が携帯番号の場合や、炊飯器◯◯円、椅子◯◯円など個別の料金ばかりを並べて「安さ」を謳っているところも避けたほうがいい。

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「あんしんネット」の運営会社であるアールキューブの事務所が入る建物。回収した不用品を仕分ける場所を備えている。(写真提供=あんしんネット)

下表に「あんしんネット」で手がけた遺品整理の請求例を挙げておくので参照してほしい。

◎事例1
依頼内容/闘病の末、病院で亡くなった人の遺品整理
間取り/2DK
主な家財/ガスコンロ、電子レンジ、机、布団多数、照明器具、ワープロ、エアコン、小型冷蔵庫、小型テレビ、洗濯機、書類多数(総撤去物量9㎥)
スタッフ/3名
作業時間/6時間
金額/19万円(作業費60000円、撤去費83400円、配車費21000円、家電リサイクル料金19000円、エアコン取り外し費6600円)
◎事例2
依頼内容/猫を飼っていた女性が急病で孤独死した遺品整理
間取り/3DK
主な家財/食卓、電子レンジ、大型箪笥2、小箪笥、食器棚、ベッドマット、布団6枚、照明1台、猫タワー2基、エアコン、大小冷蔵庫、大テレビ2大、小テレビ、洗濯機 (総撤去物量35㎥)※特殊清掃あり
スタッフ/11名
作業時間/13時間(2日間)
金額/69万9600円(作業費220000円、撤去費367500円、配車費75000円、家電リサイクル料金30500円、エアコン取り外し6600円)

ネット検索した10件のうち8件は「電話では答えられない」

私もA子さんの実家に残っている荷物をリストアップし、整理業の会社に電話をし、概算見積もりを聞いてみることにした。ネットで検索して10件に電話すると、そのうち8件は「電話では答えられない」という回答だった。何とかこちらの住所を聞き出して、現場まで押しかけようという雰囲気を感じた。

残り2件は電話口で丁寧に答えてくれた。おそらくリサイクルを想定しながら「テレビは何年製のものか」など、業者側からの質問もあった。ここが重要なのだが、整理業は「仕分け」が鍵になる。書籍や着物、骨董品・美術品、OA機器、ピアノなどの“価値ある物”を見極め、依頼人に買い取りの提案をしてくれるところが良心的といえるだろう。

A子さんの実家は4DKの戸建てで、ゴミ屋敷ではないもののどの部屋にも一般的な家具が置いてあるレベル。私が良心的と感じた2社からは「20万~30万円以内」という返答をもらった。

親亡き後の遺品整理は「初めての感覚」

親亡き後の遺品整理という行為を、A子さんは「初めての感覚」だと口にした。

「父親は酒癖は悪かったのですが、整理整頓をきちんとする人だったので、部屋はきれいなほうだと思います。それでも死後の“仕分け”という行為は大変です。調味料一つとっても、どうやって捨てればいいのかわからないものが多い。しかも使うために仕分けをするのではなく、すべて捨てるために分類をする。賞味期限の切れていない食品類やまだ使用できる洋服など、本来なら捨てなくもいいものを、廃棄するために仕分けするという行為が、虚しく感じます」

父親の酒癖の悪さで実家は安心できる家ではなかったから、帰りたいと思ったことがないから、できるだけ遠くに行きたいと思っていたから――だから、親が残した家を自分で片付けようとは思えない。

「けれど一方で、片付けるのは子供である自分の役割だ、自分しかいないという気もするんです」(A子さん)

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2019年、「あんしんネット」の作業員が整理の合間に休憩する様子。コロナ以前から作業にはマスクが欠かせない。「体力」だけでなく「メンタル」も消耗する仕事だ。(撮影=笹井恵里子)

結局A子さんは「1メートル四方の血の拭きとり」の5万円のみを業者にお願いし、家の中に残る両親の荷物は、時間をかけて自ら行うことを選択した。

さて次回は、「死後」ではなく、「生前」のゴミ屋敷の現場からリポートしよう。ゴミ屋敷の遺品整理は「汚い」「危ない」を乗り越える“体力勝負”の仕事なのだが、反対に依頼人が生きていてゴミ屋敷に住んでいる場合の整理は、作業員の“メンタル勝負”になる。依頼人が物を捨てさせてくれない場合が多く、終わりの見えない闘いだからだ。(続く。第6回